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8件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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1992-04-08 第123回国会 参議院 予算委員会 第13号

○佐藤三吾君 この統一協会は、もう言うまでもないように、霊感商法や違法な勧誘、集団結婚インチキ募金こういった反社会的な犯罪行為を行っておる。いまだに息子や嫁が行方不明、親泣かせの原理運動とも言われておるわけです。この張本人を法を犯して特別許可を与えるということは、今言った三つの理由だけでは私は納得できない。法務省の認識を聞きたい。

佐藤三吾

1985-06-05 第102回国会 衆議院 法務委員会 第21号

インチキ募金、詐欺商売を信仰の自由と表現する。信者はホー、レン、ソウ、これは報告、連絡、相談、これをやらされる。その義務を負って、自主性をなくし、操作されている。それから、健康保険もなく社会保険もない、そういう中で働かされている。生命、結婚の自由もなく、人権は剥奪されて、早朝から深夜まで働きずくめで、したがって、これはもう労働法から見ても法違反、そして住居も不定という状態。

柴田睦夫

1982-04-14 第96回国会 衆議院 法務委員会 第14号

私の最後の質問ですが、いままで訪問販売関係で、大臣、いろいろな手口も具体的に示しまして、厳しく対処してほしいということを強く要望してまいったのですが、そのほかにもこの統一協会関係は、これはもうおととしになるんですか、いわゆるインチキ募金というのがよく行われて、大きく新聞に出ておるのです。

安藤巖

1978-07-17 第84回国会 参議院 社会労働委員会 閉会後第1号

神谷信之助君 私は去る六月の十三日に、当院の地方行政委員会で、世界基督教統一神霊教会、略して統一教会と申しますが、これと、それから勝共連合及び「世界のしあわせ」等の関連企業、これらが行っておりました数々の犯罪的行為について、具体的事実を挙げてそれに対する適切な処置を要望したわけでありますが、特に福祉に名をかりたインチキ募金それから高麗人参茶、同濃縮液などの薬事法違反あるいは訪問販売法違反及び詐欺

神谷信之助

1978-07-17 第84回国会 参議院 社会労働委員会 閉会後第1号

時間がありませんからきょうは言いませんが、十三日のときには、そういう福祉の名をかたるインチキ募金ですね、ハンカチを売ったりあるいはキーホルダーを売ったりするそういった事件も、具体的な例を挙げて、警察の方も組織的犯罪として追及をしておるという答弁がありました。  同様事件は、五月に滋賀県でも起こりました。滋賀県でも聾唖者を装って販売活動をしています。行ったうちがたまたま聾唖者でした。

神谷信之助

1978-07-17 第84回国会 参議院 社会労働委員会 閉会後第1号

私はやっぱりすでにそういうことであっちこっちの自治体でもそういう被害が出て警告をなさっている、そういう状況が起こっているんですから、この点ひとついま大臣もおっしゃったように、至急に全国的な実情を把握をするということが一点と、それによって国民にそういうやり口、手口、これらを含めてそういうインチキ募金にひっかからないように、あるいはそれによって善意を傷つけられないようにする呼びかけをするとか、あるいは各県

神谷信之助

1978-06-13 第84回国会 参議院 地方行政委員会 第16号

神谷信之助君 本日は、世界基督教統一神霊協会、略して統一協会と申し上げますが、これに関する暴行、暴力事件、その他の刑事事件に関する問題、それから福祉に名をかりるところのインチキ募金とか訪問販売、これらの諸行為についてただしていきたいというように思います。  まず最初に、統一協会に関する問題については、昨年来衆参両院でもいろいろの角度から取り上げられています。

神谷信之助

1977-04-07 第80回国会 参議院 文教委員会 第8号

この恵子さんは当時駒沢大学二年生のときにこの統一教会入会をし、統一教会学生寮に入ったが、一日二十人で六百円の食事協会命令インチキ募金——こういう言葉でございます。それの担当者に押しつけられて、勉学ができずに、友人忠告もあって脱会しようとしたが、断食を強要され、それらが原因病気になり、その後に内密脱会、帰郷したが、療養及ばず死亡した。病名は白血病、こういう病名でございます。  

大塚喬

1977-04-06 第80回国会 衆議院 法務委員会 第8号

(上智大三年生)   秋田県能代市昭南町五の三十七 大高幹長女恵子さん 二十三才   駒沢大学二年生の時入会統一教会学生寮に入ったが、一日二十人で六百円の食事教会命令インチキ募金担当等で勉学出来ず、友人忠告もあって脱会しようとしたが断食を強要され、それ等が原因病気となった。会員に内密脱会、帰郷したが、療養及ばず死亡。  それから、昭和五十二年二月六日の中部日本新聞

横山利秋

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